第46回/三山ひろし

「思い切って上京したので、大ヒットを飛ばしたい!」

「20年前、養子だった父が家を出て母と離婚しました。理由は聞いたこともなかったし知りません。大好きな父でした」
温もりのある声だ。祖父母と母と弟の生活。祖父母から演歌だけを聞かされ育った三山ひろしは、新曲『人恋酒場』で幸運のデビューを飾った。幼少の頃から歌に自信があり、歌手になりたい夢は持っていた。カラオケ大会に挑戦し続けたが、現実は厳しい。優勝までは届かなかった。だから高校の進路相談で、ガソリンスタンドに就職する。しかし、歌手にならないはもったいないという祖母に勧められ、一緒に詩吟教室に通い始めた。

「習っているうちに、詩吟でたくさん賞をいただいて」詩吟の師匠になる道を勧められる。人気急上昇「エロ詩吟」の天津・木村よりも本格的だ。でも、「いくら誘われても、詩吟よりも演歌が歌いたい」

再び、本格的に演歌のレッスンを始めた。カラオケ大会にも積極的に参加。NHK『のど自慢』で地区優勝、全国大会に出場する頃には、歌手になりたい気持ちが大きく膨らんだ。芸能界に何のツテも無いまま、会社を退社し上京。24歳の春だ。朝の3時から市場で働いたが、昼夜逆転の生活で歌謡教室に通えずたった3日で投げ出した。

「ちゃんと就職しようとしたんです。でも、歌手になりたいと伝えると、必ず面接で落とされました」苦笑いする彼に、思いがけない就職口が目に入った。オープン直前の『カラオケ・レストラン』の募集広告だ。早速応募、ウエイターとして採用された。空き時間は、カラオケを歌ってもよく、その店のオーナーが演歌歌手というのも彼にはツキがあった。

「夜だけの店でしたから、収入の足しに、昼間はコンビニに勤めたい」と伝えたら、付き人として雇ってもらえた。これが一番大きな転機だ。音楽業界に人脈も生まれた。そして「日本クラウン創立45周年新人オーディション」の準グランプリ受賞。東京に来てたった2年で掴んだ歌手への道。それから3年、晴れてデビュー。

「友人たちは“無理だよ”といいました。しかし、僕は一つのことしか考えられない性格だから、振り切って上京しました。だから大ヒットを飛ばしたい。恋?いまの僕には、そんな余裕ありませんよ」ラッキー、ラッキーで歌手になれたが、彼の本当の試練は、これから始まる。

■プロフィール
本名 恒石正彰。
80年9月17日高知県南国市生まれ。
趣味 読書、時代劇観賞。
特技 着物の着付け。

■問い合わせ先
日本クラウン(株)第一制作本部プロモーション部 03-6381-7724
ミイガンプロダクション(株) 03-6231-1481

■三山ひろし公式ホームページ
http://www014.upp.so-net.ne.jp/miyama-hiroshi/